世界システム論講義 感想

 最近、休職期間が終わりバイトを再開している。気になるのが、コロナ自粛期間中に調子に乗った鳩どもが糞を撒き散らしているという現状だ。「平和の象徴」として知られている鳩の糞を掃除することによって金を貰うという構図はなんだか「世界システム」と同型である気がする。19世紀のイギリスの繁栄や20世紀中頃のアメリカの繁栄をパクス•ブリタニカ(イギリスによる平和)とかパクス•アメリカーナ(アメリカによる平和)と呼ぶが、平和の裏側で糞の掃除を押し付けられた人々がいた。そうした歴史を辿っていくのが川北稔氏による『世界システム論講義』である。感想書いていくゥ!

 

           感想

 この本は「近代ヨーロッパ世界システム」が地球上を席巻していく歴史を記したものである。もともと、世界は地球上に複数存在し、「中華世界」や「インド世界」、「地中海世界」がその例である。このような世界は1500年前後から次第に「近代ヨーロッパ世界」に吸収され、「世界=地球」となるのにはそう時間はかからなかった。

 「世界システム論」とは発展の歴史を各国で見ていくのではなく、また、単直線的に見ていくのではなく(イメージとしては各国にレールが敷かれていて、競争している。先進国は後進国よりも先んじている。後進国は先進国のようにならなければならないという決めつけがそこには存在する。)、世界を「中核」と「周辺」で見ていくというものである。中核は複数あり、その中で頭一つ抜けているのが「ヘゲモニー(覇権)国家」である。世界史的にはヘゲモニー国家は3つ、オランダ、イギリス、アメリカである。先進国は勤勉で真面目に働いたから工業化でき、後進国はそうではなかったから低開発に甘んじているというわけではない。中核によって周辺は食料、原材料生産地として「開発」されたが故に経済、社会は歪み、工業化できなかった。このように歴史を見ていくのが「世界システム論」である。

 この本では「近代ヨーロッパ世界」のトップに君臨していた国をそれぞれ見ていっている。ポルトガル、スペイン、オランダ、イギリス、アメリカである。今回、感想を書くにあたり、それぞれについて細かく書くようなことはしない。面白いなと思ったところをピックアップしていく。

 

カリブ海の砂糖王と南アメリカのタバコ貴族

イギリスはアメリカ大陸を支配下においていたことは教科書に載っていると思う。そして支配した地域において、奴隷を用いてプランテーション農業を行っていた。カリブ海地域では砂糖をアメリカ南部ではタバコを生産させた。アメリカ南部のタバコのプランター(おそらくプランテーション農業の監督者)はとても裕福だった。彼らはイギリスのジェントル階級を真似た生活様式を取り入れ、地元の名士として活動した。タバコのプランターを「貴族」と呼ぶなら、カリブ海の砂糖のプランターは「王」であったという。タバコのプランターよりも裕福であったから、砂糖のプランターたちはカリブ海に定住することなく、イギリス本国に帰国する。自らの子どもをイギリス本国で教育させ、そのままイギリスに住み着き、政界に進出する。議会で影響力を持ち、砂糖を徹底的に保護させるのである。

 こうした従属地域への不在というのがのちの開発に大きな影響を与えるというのがとても面白いポイントである。タバコのプランターは砂糖のプランターよりも儲けられないから従属地域に住むしかない。結果、自分たちが住みやすいようにいろいろな施設を作ったり、開発を行う。それが共通の社会資本になる。「貴族」のための道は「奴隷」も歩くことができるのである。一方、砂糖のプランターはイギリス本国での生活を享受していたため、カリブ海の開発は行わない。それが独立した後の発展に影響を与える。アメリカ南部がプランテーション農業の歪みを受けながらも発展できたのは植民地時代の開発のおかげであったというのはとても興味深い。ただ、一方でイギリス本国からの影響が抑えられたアメリカ北部は独自の発展を遂げた。アメリカ北部、南部、カリブ海の格差というのはこういう風に説明できるのである。

 

②誰がアメリカをつくったか

アメリカは多様な人種が存在している。17,18世紀のイギリスからアメリカに渡った人々がその最初である。一体どのような人々であったか。アメリカではイギリスの中流ピューリタンが宗教の迫害からアメリカ大陸に渡り、自由の国アメリカを作ったと言われているが、本書ではそれを「建国神話」と切り捨てている。アメリカに渡ったものの多くは「年季奉公人」であり、白人債務奴隷ともいわれる人たちであった。食うに困った人間、犯罪者がアメリカに渡ったという。痛快な文章があったので本文を引用する。

アメリカ合衆国のような立派な国が、イギリスのクズのような下層貧民によってつくられたはずがない、というWASPの「愛国主義」が、しばしば歴史の客観的な評価を妨げたからである。』

アメリカの始まりは黒人奴隷とイギリスの下層貧民であるという事実は植民地支配の残酷さを表している。「自由の国」はあらゆる面で不自由な人たちによって作られたというのは歴史の皮肉である。本書ではこの後、イギリスにとって植民地とは原料の供給地であるとともに、社会問題の「ゴミ捨て場」であったということが書かれている。オーストラリアなどは犯罪者の流刑地であったことは有名であるが、その辺のことが詳しく書かれている。興味深いので、是非本書を手に取って読んでみよう!

 

 本書では特にイギリスのことを事細かく書いている。おそらく、専門がイギリスだからなのだろう。故にアメリカのヘゲモニーについては随分あっさりしていた。その辺は自分で調べてみようと思う。現在、中核、周辺の関係はどうなっているのだろうか。自分なりに大学講義での内容を踏まえて書いてみたい。

 現在では中国の台頭がめざましい。「世界の工場」としての名声をほしいままにしている。そして次なる覇権を狙って国家主導で開発に勤しんでいる。中進国のわなという言葉がある。低開発国が中進国までのし上がるには大量の安い労働力の投入すれば良いが、中進国になった時、低開発国の追い上げと先進国の技術には敵わず開発が停滞するというものだ。中国は現在そのような状況を打破するため、国家をあげて次に世界を席巻するであろう技術(5Gなど)を確立することに力を入れている。そうした行動は覇権国家への歩みともとれるだろう。近年のアメリカとの対立は次の「ヘゲモニー国家」を争ってのものである。

 中核に対する周辺地域は現在どのようになっているか。ここで登場するのがGVC(グローバルバリューチェーン)という概念である。GVCとは直訳すれば国際的な価値連鎖であり、多国籍企業の1単位のモノを作るときの生産工程の世界への分散のことをいう。例を挙げると、アップルがスマホを作る時、設計はアメリカで行い、原料はアフリカで調達、液晶は台湾で製造し、組み立ては中国で行うという感じである。1990年代以降、ICTの発展に伴って、先進国の高技術と途上国の安い労働力が結びつくというのが可能になった。途上国は多国籍企業のGVCに加わることによって発展することができるようになった。一方で途上国の低賃金労働などが問題になることが多い。周辺地域は植民地支配されないにしても、GVCの最も利益が得られない分野での生産(原料の調達や組み立て)にしか加われないというのが現状である。ただ、先進国の絶対的な優位というのは揺らぎ、南北の格差は縮まってきている。

 中核においても異変が起こっている。ICTの発展以前は製品の組み立ては先進国内でやっていた。アイデア移動のコストがあるためである。ところがICTの発達によって、アイデア移動のコストは下がり、工場を安い労働力が得られる国に移動させる動きがあった。こうして、先進国内の工場労働者は没落していった。そうした人々がポピュリズム政党を支持していき、トランプのような大統領が生まれたのである。

 今後、中核であった国は高い技術力を保持できない場合、中進国にとって代わられる可能性がある(日本は危うい気する)。また、周辺国はGVCに加わることで、中進国レベルまで発展することができるだろう。ただ中国のように覇権を狙う場合、国家主導での開発を行わなければならないし、中核国との対立は避けられない。